INTERVIEW from Brooklyn No.3 Rolyn Hu

INTERVIEW from Brooklyn No.3

UPDATE 2012/02/10 10:13

INTERVIEW   from  Brooklyn  No.3                        Dec. 2011

 

 Rolyn Hu    Owner of Glasslands & Manhattan Inn

 

ローリン(左)とブルック(右)とGlasslandsスタッフ(後)
「誰もが踊りたくなるような空間とエンターテイメントを提供することこそ、私のやりたいこと」だと語る、ライブハウス:Glasslandsとレストランバー:Manhattan Innのオーナー、Rolyn Hu(ローリン・ヒュー)にインタビュー!

ニュー ヨークは移り変わりが早い。できたと思った店がすぐなくなったり、古く昔ながらのバーなども時世の変化や土地の値上がり、地域のコミュニティの変化などに よってあっと言う間に消えてしまったりする。もちろんその店に携わる人にとっては色々な試行錯誤がされた上で消えたり逆に出没したりしているのだろうが、 五万とあるバーやレストラン、ライブハウスなどの新しい情報が毎日飛び交う中、各店について気に留める人はごく一部ということになる。このことに関しては ブルックリンも同様で、新興地域であるウィリアムスバーグやその周辺地区は特に変化が激しい。例え店が存続し続けても、地域の変化によって客層や雰囲気が 変わり、以前からの客が遠のいてしまう店も多い。
そんな中、今 ではすっかり「外れのない」ライブハウスとして定着している「Glasslands」は、私もそうだがブルックリンの音楽シーンに携わる多くの人間にとっ て、今も昔も夜になると「寄ってみたくなる」場所だろう。ウィリアムスバーグがまだ「寂れてて、ちょっとコワイところ」とされていた頃から数年、様々な変 化を遂げたこの場所で今夜もバンドがライブを、夜中にはDJのダンスパーティーがくり広げられる。
長 年「Glasslands」を二人のオーナーと一緒に盛り上げてきたDJ、Jonathan Toubin(ジョナサン・トゥービン)が12月始め、不運にも事故に遭ってしまったため、12月21日のこの日、Rolyn主催のジョナサンの為のベネ フィット・ライブが行われていた。久しぶりに会ったRolynは相変わらず、オーナーとして周囲に気を配りながらも客と一緒になって踊っていた。 「I♡JT」とジョナサンの復活を願うサイケデリックな映像をバックに最後まで踊り続けていた客に「みんなにテキーラのショット一杯、私のおごりよー!」 と叫ぶRolyn。彼女の話を聞かせてもらいたいと思った、夜中の3時であった。

 

Jonathan Toubinのベネフィットイベントにて
【ヒストリー・オブ・グラスランズ】

INGEL/Emi Nips(以下E): 「Glasslands」以前にブルックが「Glasshouse」を持っていたじゃない?それも一緒に運営していたの?

Rolyn(以下R): 確かにブルックとは「Glasshouse」の頃に会ってそれ以来のビジネスパートナーだけれど、そこでは私のバンドのライブをしていただけなの。共通の 友達の家でのパーティーで会って、音楽を始めいろいろな話で意気投合して「Glasshouse」の終焉の頃には私もバーテンとして手伝ったりするように なっていた。二人で一緒に新しいベニューをオープンしようってことになって、初めは全く「Glasslands」って名付けるつもりじゃなかったんだけ ど、他の候補は全て友人たちに却下されて。じゃあハウスより広いからランズってことに。2006年かな?

E: 私も「Glasshouse」では一度ライブしたことがあるけど、入り口も狭くて前のバンドで使ってたオルガンが通らなかったのを覚えてる。でも私はてっきり「Glasshouse」がより大きなスペースに展開したんだと思っていた。

R: 「Glasshouse」ではインスタレーション等のアートが中心的だったけれど、私達はアートスペースとライブハウスを区別する形ではなく、共存してい る方がずっと面白いと思ったのね。あと、食べ物。ライブに行くとお腹もすくじゃない?だから新しいベニューでは色んな種類のアメリカンドッグなんかを置こ うとしていたんだけど、ダメだった…。スタッフが全部食べちゃうんだもん。信じられないでしょ?何度買ってきてもホットソースは盗まれるし…。

E: あそこのスタッフはお腹をすかせてるアーティストばかりだからね。ある意味、お金を使わずに生活するプロのグループ。私の昔のバンド、Kocho-bi- Sexualも「Glasslands」ができた頃にライブしたけれど、食べ物なんて見てないもの。スタッフに食べられた後だったのかな(笑)

R: Kocho-bi 覚えてるよ!私バンドや人の名前は覚えられないけど、その音楽とどんなバンドだったかに関する記憶には自信があるの。初めの頃は友達のバンドを集めて、ま るで自分のリビングルームでライブ・イベントをしている感覚だったから、すごく楽しい思い出ばかり。Awesome ColorのDerek StantonとかAllison Buschとか他にもJeffとか、みんな「Glasslands」内にスタジオを持っていて、ライブするだけでなくブッキングとかも助けてくれたし。

E: 真のDIYスタイルだよね。

R: そう、誰一人として文句言わなかった!私とブルックで、一番安いMiller High Lifeをブルックのキャディラックにパンパンに詰めて帰ってきて、$2で売ったのよ。みんながバーテン、ドア係、サウンド係をして、みんなで後片付けを して。そういう仲間たちを通して、Howling WolfやRichard Bishop様(元Sun City Girls)もライブしに来てくれた。でも、お客がどんどん増えていくと文句も増えていったの…興味深い点よね。特に音響についての文句が多くなったの で、新しいサウンド・システムを入れてステージも改造してさらにお客が入るようになると、今度は昔ながらの人が寄りつかなくなった。そんな経験を通して少 しずつ学習したわね。

E: 「リビング・ルーム」的な良さが無くなってしまうからじゃない?私もそのうちの一人でないとは言えないけれど、数年経った今でもやっぱり「毎晩良い音楽を提供している心地の良いホーム」だと思うし、ふと足を向けたりするけどね。

R: 学習していった上で最も重要なことがわかったの。他の色々なベニューも見て、完璧なサウンド・システムを用意しているところもたくさんあるけど、ライブ中 のフロアの客が微動だにしていない。ステージは高すぎるし、適度な音量で完璧に見えるライブが提供されていて、全然面白くない…。私は毎晩のイベントがダ ンスパーティーに発展すればいいと思ってるの。だからわざわざディスコ・ボールを買いに行ったり、大きなクマを吊るしてみたりね。もちろんダンスパー ティーにおいては何よりもJonathan Toubinに感謝しているけど。バンドをやめてDJを始めた彼は人を踊らせることだけに集中して、「Soul Clap」のイベントを初めとするたくさんのダンスパーティーを手がけたわ。必ず衣装を着てたし装飾も徹底的にするから、どのDIYスペースにもアルミホ イル・ランドやキャンディー・ランドなどのファンタジー空間が展開された。お客さんにもコスチュームを着ることを勧めたしね。「人はコスチュームを着ると パーティーしたくなる」って本当よ。私も彼と同じ意見で、せっかく遊びにきてるんだから、お客さんにはハメをはずして踊ってほしいの。

E: 楽しいばかりじゃやっていけないしお金も稼がなきゃいけないけど、私もそれが大事だと思うよ。また友達が戻ってきたのはローリンのそういうスピリットがみんなに通じている証拠だと思うな。

Jonathan Toubinのベネフィットイベントにて(バンド:Grand Voyager 2)

【ローリンとウィリアムスバーグ】

E: 今じゃ「Glasslands」も新しく開けたレストラン「Manhattan Inn」も順調だけど、ローリンは元々イベントのブッキングとかベニューの運営がしたかったの?

R: そういうわけじゃなかった。NYに移ってくる前はニューメキシコのアルバカーキーに住んでいて、絵画を描いたりアートをやっていたの。漢方の勉強なんかもしていたのよ。占星術も好きだったから友達全員が何座か知っていたわ。そこはブルックリンと違ってとても安く暮らせる所だった。そこで音楽も始めたんだけど、ベニューも町に二つしかなかった。すごくニューメキシコなスタイルでしょ?ブッキングを始めたのはNYに来てから。その頃、わたしは無職でブッシュウィックの友達の家のソファーに寝泊まりしていたの。夏で、ものすごく暑くて何 もする気力がなかった。その家は人形を作る工場の上にあったロフト形式のアパートだったんだけど、リビングルームの真ん中にドラムセットが置いてあったの で、何となくドラムを叩いてみたの。それから本格的にドラムを叩くようになったんだけど、その時は本当に他にすることが何もなくて、目の前にそれがあった からという理由だけだった。

E: 2003年くらい?その頃とんでもない猛暑の年があったよね。

R: そう。暑さで下の工場から化学薬品の匂いが立ちこめてきて、多分ちょっとハイになってたのよね。とにかくどこにも行く気もしないし、仕事を探す気にもなら ないし。それが全てのきっかけだったかな。その頃のブッシュウィックはまだ工場ばかりだったから、私が後に借りたアパートも鶏肉を扱ってる工場の近くで、 家に帰るのにその前の鶏の部位が散乱している臭いけど近道な方をダッシュするか、遠回りの暗がり道を選ぶかで毎日悩まされた。そんな頃に友達のローレンが 「No Gallery」というDIYスペースを始めたんだけど、まだ「Glasshouse」もない頃だったし本当に素晴らしかった。そこでライブをするように なって、自然とバンド仲間も増えてブッキングなどもするようになったの。

E: ブッシュウィックにも歴史あり、だね。

R: それで、わたしは昼にマンハッタンでスーツを着るような仕事も始めてたから、夜はブッシュウィックに戻ってはっちゃけるという毎日だった。だから逆にウィ リアムスバーグのことは何も知らなかったの。同時期にウィリアムスバーグでも、そこに住んでるアーティストたちが似たようなDIYのスペースを展開して パーティーを始めていたのよね。Tall FirsのRyan Sawyerとか。

E: Bow RibbonsのPeter Vogl や、Kelie BowmanとSto Lenが「Cinders Gallery」を開けたのもその頃じゃないかな。「Little Cakes Gallery」のHannaもいた!私は彼女を通して「Secret Project Robot」でライブをさせてもらったの。

R: もちろん「Secret Project Robot」とEricよね!彼こそがまだ寂れていた頃のウィリアムスバーグDIYシーンの第一人者じゃないかしら。私も彼とそのアートスペースをモデル として色々やってきたと思う。結局は全て相互に繋がって活動してきた感じ。それから随分ともてはやされるようになったけどね。

E: 今じゃ「ブルックリンシーンなしではNYミュージックは語れない」くらい重要なシーンと化しちゃったからね。

 

Manhattan Inn のバー
【ローリン、Manhattan Inn を始める】
E: 「Glasslands」経営開始から6年後、「Glasslands」とはかなり趣向の違うスタイルのレストラン「Manhattan Inn」を始めようと思ったのは?

R: 確かにスタイルは違うけど、感覚的な雰囲気はあまり変わらないわ。ここで働く人もみんなミュージシャンだし(笑)ただ、ミュージックシーンは大好きだけれどこれだけ頑張ってるにも関わらず、まだ廊下で用を足されるようなベニューに毎日いるのが嫌になったの。私もブルックも30代になったのよ…と言っても、いまだにロックのライブに行くし、夜は踊っているけれど。もともと食べることが大好きだったしね。バンドのブッキングはレストランの経営に比べたら簡単!バンドが遅れて来て、私も遅れて来て、それでも押し進めればその夜がどうにかなるけど、食べ物を扱うとそうはいかない。キッチンの運営もそうだし、役所に通す書類の手続きも知らないことだらけですごく難しかった。おかげでレストランを運営するために、ルールを守りながらも思い通りにやっていく術を学べたわ。新しいチャレンジは楽しかった。まず初めにブルックと約束したのが「ノー・ミュージック!」だったしね。

E: あれ?ここもライブ演奏してるよね?

R: 「人はそう簡単に変えられないんだな」と気づいたのよ(笑)オープンしてから少しも経たないうちに「オーケー、アコースティックだけならいいことにしよ う」ってどちらかが切り出して、あれよあれよと言う間に「ちょっとバックルームにレーザー入れない?レーザーあった方がみんな踊るし!」なんて発展し ちゃって。二年後の今では、夜はディナータイムが終わるとピアノもテーブルもどけて、レーザーを照らして「Glasslands」化してる!それによって また問題も出てくるのはわかってるんだけど…。ピアノの上に乗ってる人を見ながらふと思ったのよね。今までさんざん彼らのことを悪者呼ばわりしていたけれ ど、できることならシャンデリアでブランコしたいのはこのわたしだと。そしてハメを外せるようなエネルギーをわたし自身が持ち込んでるんだってね。

E: (爆笑)自分の好きなことからは逃げられないよね。結局やりたかった食べ物も音楽も、全てひっくるめてやることができてる!ローリンズ・ワールド。

Manhattan Inn のバックルーム
R: 一周してやっとわかったことだけどね。そして全てはビジネスパートナーのブルックとの素晴らしい関係無しではできなかったことよ。 「Glasslands」を始めて以来9年程一緒に仕事をしているけれど、ケンカをしたのは3回くらいかな。意見が違ったときには中間で折り合いをつける か、逆に「じゃ、両方しよう!」で落ち着く。それはお互いリスペクトし合っているから。レ ストランビジネスの運営は大変だけど、彼女とともに仕事ができるのはラッキーなこと。「Mannhattan Inn」ができた時、わたしは「Glasslands」のお守りから逃れて、ここに来て一息つけるだろうと思ってた。でも一年も経たないうちにそれが真逆 になったの。ここの仕事を終えると大喜びで「Glasslands」に羽を伸ばしにいくようになったわ。だって「Glasslands」では舞台に寝そ べっててもいいし、犬も連れて行けるし、なんなら注ぎ栓から直接ビール飲んでも誰にも文句を言われないもの!私は双子座だからやっぱバランスが大事なのよ ね。経験を重ねて、だんだん自分に素直になるってこともあると思うけど。

E: 「Glasslands」も「Manhattan Inn」も順調な今、これから何をするの?

R: もちろん色んなアイデアはあるけどね、まだ秘密(うふふ)!私は活発な性格だから、物事が落ち着いているとすぐ次のことを考えるの。とりあえず今はドラム でヘビメタが叩けるように猛特訓中。今日もこれからスタジオにいくのよ。ところで、ついこの間もここにクアドラフォニック(4チャンネル式)のスピーカー 入れたのよー♡エミ、踊るの大好きでしょう?ここのダンスパーティー、ブッキングしてよ。

ーーーその後Glasslandsで踊っているのを見つけたので声をかけると「これぞ人生!」と放ったローリン・ヒューさんでした。

Rolyn Rose Hu:(写真左)
ライブハウス:Glasslands とレストラン:Manhattan Inn オーナー。
6月14日、Maryland州生まれ。ブルックリン在住。
http://glasslands.blogspot.com
http://www.themanhattaninn.com
http://www.iheartjt.com

 

Emi Nips (Emi Kariya):
翻訳&ライティング、ウェブデザイン、音楽等を総合活用したコミュニケーター。
HARD NIPS のドラマー。ブルックリン、NY在住。
http://about.me/eminips

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